2009-11

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秋ですね

樹の葉も色づき、足もとには落ち葉の数が増えてきました。 
散歩をすればいろんなものに秋を感じます。

全くの私事ですが(そもそもブログ自体がそうなんですが)、最近妻の
料理の腕が一つ、いや、二つか三つくらい上がった気がします。
理由を尋ねると、「コウケンテツのレシピなのよ」と照れながら嬉しそうです。
お世辞ではなく、本当にそう思うのです。 

レンコンの炒め物。カリカリになるくらい炒めて、ゴマと醤油です。
鶏肉の炒め物。 ユズ胡椒の効いた焼き鳥風でご飯が何杯でもいけます。
お酢を使った照り焼き。少し酸味のある味付けに食欲が湧いてきます。
カブの葉っぱも捨てずに料理します。みじん切りにしてご飯のおかずに。
これが思わぬ旨さで、主菜の地位を脅かす程です。


息子のほうは成長著しく、私がダラダラとしていると
「しっかりしてよ」と喝を入れてきます。
週末は彼と遊ぶのが何よりの楽しみです。
近所を散歩するとドングリを拾い、草陰に隠れたコオロギを見つけます。
夕焼けに染まる空を見て「きれいねえ」や、カブトムシを見て「気持ち悪い」
などと発言します。


秋は良いです。 物静かです。 
物事をじっくり考えるのには最適な季節なのではないでしょうか。
読書もします。最近読んだのは「数学ガール」の第二巻。 楽しかったです。
忙しくてなかなか時間がとれませんが、風邪をひかないように
手洗い、うがいも欠かさずに
健康に気をつけてゆきましょう。

光学定理

分かってしまうと当たり前だということは多くあります。「光学定理」と呼ばれる大変重要な定理はそういったものの一つです。 この定理は量子力学の散乱問題で現れますが、なぜか「光学」に関する定理を連想させる名前で呼ばれています。 もともと光学で発見された定理で、波動一般に成立するということで「光学定理」だそうです。 (光学定理の説明(英語))

光学定理を含め、あまりにも当たり前の定理ってのは数式で書かないと何の有難味もないというのが普通です。 すごく大事なんですが、結構使えたりするんですが、言葉だけで説明すると「それで?」という感じになります。 導出は数式をガリガリ計算してゆく必要があるため説明をひかえます。
どのくらい当り前かを理解してもらうために敢えて数式なしで説明すると次のようになります。

「原点に物質をおいてビームを照射します。ビームが物質によってどのくらい散乱されたかを知るためには、(ビームからみて)物質の後方でビーム強度の減り具合を確認すれば良い。 減った分が物質にぶつかって散乱した量である。」

少し長いですが、それは問題設定から説明したからです。つまりは、照射ビームの強度は物質に散乱された分だけ減るというだけの話です。だからこんなことを言葉にしても有難味はゼロです。数式で書いて初めてその有用性がでてくるというものでしょう。 それは

σ = 4π/k Im[ f(0) ]

と書かれます。 kって何? f(0)って何? ということを説明しなければなりません。 そもそもこんな数式が何故上のように解釈されるのかを理解する必要があります。 これでは、全然当たり前ではありません。多少説明に時間がかかるので、今回はこれで終わりにします。

3次元調和振動子

「3次元調和振動子を解きなさい」

そんな問題つまらなくてやるだけ時間が勿体ないという意見。 特に異論はない、確かにその通りである。デカルト座標で変数分離されてしまうのだから、一次元調和振動子の知識以上のものは何もない。 しかし、考えようによってはつまらないくらい簡単な問題こそが、何かの役に立つこともあるだろう。 

そんな感じで、今回は3次元調和振動子を極座標で解いたらどうなるかということをやってみる。分っている人には当然な問題、しかし角運動量という概念にいまいち馴染めないという人には有用かもしれない。

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レーザー冷却(ドップラー冷却)

物質を冷却することで様々な事が可能になる。身近には冷蔵庫、クーラーなど我々の生活に欠かせない道具がある。今回取り上げたレーザー冷却は、もっと低温にするための方法で、それはボーズ・アインシュタイン凝縮などの超低温実験で用いられる。具体的には原子などの希薄ガスを100μK=100*10-6Kのオーダーまで下げる方法として用いられる。このレーザー冷却の原理を簡単に(詳しい計算はなしで)理解するのがここでの目的である。

まず、基底状態にある原子のガスをレーザー冷却することを考えよう。原子ガスの持つ温度とは、原子が様々な方向へ飛び交う速度からくると思ってよい。よって原子ガスが飛び交わない状態にすることが温度を下げるということである。 アイディアはいたって簡単である。 つまりこうだ。

簡単のためにx軸方向だけを問題にする。 今速度+vでx軸の正の方向へ飛ぶ原子がある。この原子の速度を下げるためには、右からレーザーを照射して原子にぶつけると良い。 レーザーにぶつかった原子は跳ね返されたり、たまたま速度がゼロになったりと様々であるが、レーザーのエネルギーを調整すればぶつかった原子の速度がv≒0となるようにできるだろう。問題は原子ガスはランダムに運動しているため、その中から右方向へ飛ぶ原子(v>0)には右からレーザーをぶつけ、左方向に飛ぶ原子(v<0)には左からレーザーをぶつけるという選択的にレーザーを照射するマックス・ウェルの悪魔が必要である。



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障害者 ちぃちゃんの歌を聴いて

ここしばらく探し続けていた曲がなんだかわかった。 それはcocoonの「ちぃちゃんの歌」であった。 なんていう歌だ。 ぐたぐたこの歌について書くことはない。とにかく聞けば何かが動くはずである。この曲ができた経緯についてはcocoonのホーム・ページを参考にしてもらいたい。


私の中で幼いころのノブ君のことが思い出された。 僕が小学生だったころ、ノブ君はすでに二十歳くらいであったろうか、全身麻痺で僅かに動く手で小学生相手にトランプ・ゲームをする毎日であった。
もちろん賭けの入ったゲームである。 ノブ君の部屋には小学生から高校生まで、当時の悪がきが出入りし、村のラスベガスと化していた。 彼は負けが続くと怒り出し、もうやめた!、みんな出ていけ!と怒りが爆発することもしばしば。皆が席を立とうとすると、暇な時間を一人で過ごす辛さから「じょーだん、じょうだん」と言って引き留めた。

成長するにつれ、彼と遊ぶ機会も少なくなった。 たまに彼の窓の前を通ると「また遊びにおいで」と少し寂しそうに笑っていた。僕らは大きくなり、小さなお金を賭けるだけのトランプ・ゲームでは楽しめなくなっていたのだ。 たまに彼に同情して顔をだすのだが、あまり長い時間をつぶせない。 そのうち僕は家をでて大学へ進学、実家へ帰るのも年に数回。 彼はどうしているだろうか。まだ元気でやっているのだろうか。

私からかっこいい言葉は出てこないし、皆がハッピーになるアイディアがあるわけでもない。しかし、障害者を偏見の目で見る人たちに出会うと、怒りとか、悲しみとか、兎に角たまらなくなってくる。僕らは全員人間としてのプライドを持っている。人の顔に様々な個性があるように、障害を持った人たちの体はいろいろだ。 それ以上でもそれ以下でもない。 どうか偏見を持った眼を子供たちに押し付ける様な事だけはやめてもらいたい。 バリア・フリーとか叫んでみたって、我々の心に壁を立てては意味がないんだ。


今でも輝きを放つ名曲たち 8

イーグルスの名曲Desperado。イーグルスといえばホテル・カルフォルニアが一番に出てくる方は多いだろうが、メッセージ性の面ではDesperadoだろう。 少なくとも僕にとってはそうである。 少しかすれたドン・ヘンリーの声はすばらしい、そしてホテル・カルフォルニアは彼によって歌われなければそれはもう別物である。 そういった面からみればdesperadoは素直である。歌い手を選ばない。 


平井堅さんが丁寧に歌ったヴァージョンもなかなか良いが、やはりオリジナルを一度は聴いて欲しいところ。「Desperado 平井堅version」 それにしてもこれほど歌詞の与える印象が性別による曲も珍しい。

(Rinda ronstadt, Kokia) オリジナルでは最後の「you better let somebody love you」は「愛されるってのも悪くないぞ」という友人からの助言と取れるが、女性が歌うと「私を選ぶべきよ」と、なかなか強かに押してくる女性が見えてくる。 気のせい?

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「量子力学を見る 電子線ホログラフィーの挑戦」 外村彰著 (岩波科学ライブラリー)

科学系の本を読んで興奮したのは久しぶりではないだろうか。
内容はサブタイトルにある「電子線ホログラフィー」を用いて量子力学系を見ること。
具体的には超電導体の磁場を見せてしまう実験とか、古い量子力学のテキストには仮想実験として取り上げられる二重スリット(電子線を用いたヤングの干渉)実験をやってみましたという事である。

二重スリットの実験。つまり電子を一個ずつ飛ばして量子干渉が起きるか?という量子力学誕生以来の論争に実験をもって解決をつけるという凄い仕事。電子を一個ずつ飛ばすという技術が実際に可能になるとは!量子力学の生みの親であるボアーやアインシュタインに是非見てほしかった実験結果だろう。 この実験で「日立製作所の外村彰」という名前を知っている人も多いと思われる。 AB効果の実験的な検証も超一流の仕事で、当に「量子力学を目で見る」というタイトルに相応しい写真が掲載されている。

これはイギリス王立研究会での金曜講話というセミナーの内容に基づき本にしたものらしいが、内容的に素晴らしいことも当然ながら、著者の人柄がでているような語り口調で肩がこらない。また説明が非常に分りやすい。 ゴチャゴチャしたことを言わずに、分りやすい例を一つバシッと持ってくる、そしてすごくインパクトのある実験結果を写真で見せるというスタイルである。数字がいっぱい並んだ実験結果なんかよりも、現象を目で見るということはすごく面白いということを再認識。 AB効果、超伝導、量子力学の確立解釈などに興味のある方には120%お勧めの一冊だろう。

春宵十話 (岡潔)

岡潔(おか きよし)著 春宵十話(光文社文庫)、その帯には
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2009年・日本人として読むべき「品格」の書
人の子を育てるのは大自然なのであって、人はその手助けをするにすぎない。「人づくり」などというのは思いあがりもはなはだしいと思う。(本文より)
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とある。 

数学者としての岡潔の名前は勿論よくしっているのだが、彼の書いたものを読んだことはない。書店で「春宵十話」を見つけたとき先ずはしがきを読んでみた。 心に留まった節を抜粋させてもらうと

春宵十話、はしがきより:
私は、人には表現法が一つあればよいと思っている。それで、もし何事もなかったならば、私は私の日本的情緒を黙々とフランス語で論文に書き続ける以外、何もしなかったであろう。私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだろうと問う人に対しては、スミレはただのスミレのように咲けばよいので有って、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことだと答えてきた。

スミレはただスミレのように咲けば良い、これがすっと府に落ちた。 内容は、日本の教育に関すること、彼の歩んできた道、宗教、美術などなどである。この本が書かれたのは50年前。日本の将来を心配していた岡潔の言葉は現代だからこそ耳をかたむけなければならないものが多いように感じる。



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趣味   近所散策と物理