論理と直感のはざまで 10
弟10夜
タイトルの「論理と直感のはざまで」であるが、実は論理と直感、どちらを先におくべきかなと悩んでいた。 私が優先したいのは直感であるが、それは素朴な直感ではなく、論理によって鍛えられた直感である。 論理を踏んだ上で、築き上げたられた後付の直感である。 論理は必要だが、それだけでは虚しく感じてしまうからである。 そんな訳で、どちらを先におくべきかと悩んでいたが、結局なんとなく「論理と直感のはざまで」の方が語呂がいいようなので、これに固定しようと思う。
久しぶりに自分の書いた記事を読み返すと、記事ごとにテーマが微妙にずれているし、置き去りにされた話題もあるようだが、まあ、数学に関係して思いついたことをダラダラと書いているわけで、特に目的もないのでこれはこれで良しとしよう。
タイトルの「論理と直感のはざまで」であるが、実は論理と直感、どちらを先におくべきかなと悩んでいた。 私が優先したいのは直感であるが、それは素朴な直感ではなく、論理によって鍛えられた直感である。 論理を踏んだ上で、築き上げたられた後付の直感である。 論理は必要だが、それだけでは虚しく感じてしまうからである。 そんな訳で、どちらを先におくべきかと悩んでいたが、結局なんとなく「論理と直感のはざまで」の方が語呂がいいようなので、これに固定しようと思う。
久しぶりに自分の書いた記事を読み返すと、記事ごとにテーマが微妙にずれているし、置き去りにされた話題もあるようだが、まあ、数学に関係して思いついたことをダラダラと書いているわけで、特に目的もないのでこれはこれで良しとしよう。
微分可能でテイラー展開不可能
(この記事は、テイラー展開について多少知識を持っている方のみを対象として書いています。)
解析接続の記事で、「解析性」を「微分可能性」だと考えると大体良いというようなことを書いたが、正確ではない。 複素関数論の解析性について説明するのは荷が重いので、実関数に限り、関数の微分可能性と、その連続性、またそのテイラー展開可能性についての話をしてお茶を濁すとしよう。
このテーマは「論理と直感のはざまで」の弟9回の高木関数、そして10回の関数の連続性の定義とも関係しているのでそちらも参考にして欲しい。
解析接続の記事で、「解析性」を「微分可能性」だと考えると大体良いというようなことを書いたが、正確ではない。 複素関数論の解析性について説明するのは荷が重いので、実関数に限り、関数の微分可能性と、その連続性、またそのテイラー展開可能性についての話をしてお茶を濁すとしよう。
このテーマは「論理と直感のはざまで」の弟9回の高木関数、そして10回の関数の連続性の定義とも関係しているのでそちらも参考にして欲しい。
解析接続3
次の微分方程式を F(0)=1という条件で解こう。
(1-x) d/dx F(x) = F(x)
解ける人には直ぐに解ける。 ここではF(x)に級数和の形を仮定して解こうと思う。つまり
F(x)=Σn an xn として、anを求めると答えがわかったと言うわけである。
(1-x) d/dx F(x) = F(x)
解ける人には直ぐに解ける。 ここではF(x)に級数和の形を仮定して解こうと思う。つまり
F(x)=Σn an xn として、anを求めると答えがわかったと言うわけである。
解析接続2
解析接続でよく陥る違いに、次のようなものがある。
S(x)はF(x)に等しいというが S(x) = 1+x+x2+x3+x4+・・・・・+x∞ においてx=2を代入すると
S(2)= 1+2+4+8+16+・・・・・+∞
となり、一方 F(2)=1/(1-2)=-1 だから、
1+2+4+8+16+・・・・・+∞=-1
という式が得られ、これは宇宙の神秘を表しているのか? というような誤解である。
S(x)はF(x)に等しいというが S(x) = 1+x+x2+x3+x4+・・・・・+x∞ においてx=2を代入すると
S(2)= 1+2+4+8+16+・・・・・+∞
となり、一方 F(2)=1/(1-2)=-1 だから、
1+2+4+8+16+・・・・・+∞=-1
という式が得られ、これは宇宙の神秘を表しているのか? というような誤解である。
論理と直感のはざまで 8
第8夜
そろそろ、関数の連続性については掘り下げてゆこう。 関数とは、ある値が与えられたとき、それに対応した値を一つ返すようなもの。 これを数学では写像という。大事なのは、一つの値に対して答えも一つ。 小学校(?)で習う y=x や y=x2はそういった関数の例であり、xに何らかの値を入れると、それに伴いyの値がきまる(一対一対応)。
それ故、関数をグラフに描いて視覚化することが可能である。 関数をグラフに描くという事、それは原始的な作業だが数学的なセンスや直感を養うという面では最高の学習方法であろう。 しかし、そこで培った素朴なセンスは、高等数学へいったときに打ち壊されてしまう。
そろそろ、関数の連続性については掘り下げてゆこう。 関数とは、ある値が与えられたとき、それに対応した値を一つ返すようなもの。 これを数学では写像という。大事なのは、一つの値に対して答えも一つ。 小学校(?)で習う y=x や y=x2はそういった関数の例であり、xに何らかの値を入れると、それに伴いyの値がきまる(一対一対応)。
それ故、関数をグラフに描いて視覚化することが可能である。 関数をグラフに描くという事、それは原始的な作業だが数学的なセンスや直感を養うという面では最高の学習方法であろう。 しかし、そこで培った素朴なセンスは、高等数学へいったときに打ち壊されてしまう。
