2017-10

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≪ 直感と論理のはざまで 6 ALL 論理と直感のはざまで 8 ≫

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直感と論理のはざまで 7

関数の極限について多少触れたが、そもそもε-δ論法が力を発揮するのは、我々の想像を超えた関数の連続性や微分可能性について知りたいときだろう。 関数をグラフに描くことができれば、大体それらが連続か不連続なのかは既に分かるだろう。 しかしグラフに描けない関数の場合、連続,不連続の判断をどうすれば良いのだろうか。 それには直感に頼らない数式による連続性の定義が必要になる。 当にε-δの出番だ。 ところで、絵に描けない関数があるのかというと、そういったものはいくらでもある。 数学の専門書でも調べれば、いくらでも興味深く病的な関数が出てくるだろう。 そういった世界に足を踏み込むのは少し危険だが、ここでは三角関数を使った簡単な例を一つ挙げる。 簡単とはいっても、定義が簡単なだけで、それはなかなか絵には描けない。 つまり直感に頼った議論ではこの関数の連続性について明確な答えは得られない。 それは


f(x) = sin(1/x) (x≠0)

f(0)≡0

である。この関数、x=0で連続であろうか? x>0の領域だけを絵に描くと下の図のようになる。 f(x)の奇関数の性質から x<0 では符号だけ引っくり返した図になる。 この関数がx=0でどうなっているのか、調べようと思っても作図は不可能である。 何故なら limx→0sin(1/x)=sin(∞)となって、原点に近づけど近づけど値は収束してゆかない。 それならば、この関数は原点で不連続であろうと思えど、なかなか確信が持てないのではないだろうか。 なぜなら、三角関数は[-1, 1] に値を持つのだから、グラフはx→0へ漸近する過程でもどこかに値を持っているだろう、でもどこに? という疑問が生まれる。 「まるで宇宙に果てはあるのか?」と問われているかのような、不思議な気分になる。

 それはゼロに近づきつつ-1と1の間を無限回振動する関数である。 そして x=0での値は定義としてf(0)=0と決められているのだが、正の値からx→0へと近づいて来た時に、f(0)=0と繋がるのだろうか? 多少時間をかけて考えて欲しい。





我々は∞については敬遠するが、0は親しみを持っている。それは古くから良く知った友人のように思っているが、0と∞は表裏一体である。 sin(1/x)では原点x=0がy=1/xという写像を通してy=∞に関係付けられている。 こういった関数ではもはや、連続とか不連続とかに関して視覚に頼った判断はできなくなっている。 

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