2017-10

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≪ 脱線好きの人のための「理論物理の話」 高橋康著 ALL 光学定理 2  - 連続の方程式 - ≫

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「可算 」 ― 数える

人間はあらゆるものを数えてきた。過ぎ去った日々を数え、「もういくつ寝るとお正月・・」の歌詞では元旦までの日数を数える。世の中には数えられないものがあるのだろうか? 宇宙、そうだ宇宙の年齢はどうだろう。もしも始まりがなければ、それを数えることはできないのではないだろうか。そんなことを考えていると、<数える>ことで大事な幾つかの性質が見えてくる。

(1)数え始めが存在すること

(2)数えてゆく方向性が決まっていること

(3)数え落としがないこと

通常物の個数などを数える時には、<数え始めの存在>も<数えてゆく方向性>も殆ど自明である。ミカンは

「一つ,二つ,・・・」

と一から数えて個数が増えてゆく方向へ数えてゆく。しかし悠久の年月を刻んできたと思われる月日を数える場合は(1)と(2)が重要でだろう。紀元前という年の数え方があるが、これはキリストの生まれた年を基準として(数え始めの存在)、時間を遡って年号を数える方法(数えてゆく方向性)である。平成は、平成天皇が誕生してから時間が経過する方向へ年月を数えてゆく。(3)の数え落としがないことは当然の要求だが、こういった細かいことまで気を配っておく方が良いだろう。ここで数えることに、数え終わる事が要求されていない。この点に関しては後で補足する。
有限集合を考えよう。例えばA={a,b,c}というアルファベットの集合。この集合はいくつの要素をもっているだろうか? 集合Aの要素の数を|A|のように書くことにすると

A={a,b,c} → |A|=3

である事が分かる。何故集合Aの要素が3つだと分かったのだろう。当然のことながら、数えたからである。数えるとは

a -> 1
b -> 2
c -> 3

のように各要素を自然数に対応付けてゆく操作である。または指折り数えてもよい、その場合は指の一つ一つに集合の要素を対応付ける。その場合でも各指に自然数が対応付いているから、やはりa,b,c,に自然数が対応する。

a ->   親指   → 1
b ->  人差し指  → 2
c ->  中指    → 3


よって<数える>とは数える対象に自然数を一つずつ対応させてゆく操作のことである。

数学では、要素の個数を数える事が出来る集合を可算集合と呼ぶ。<可算>とは、<数える事ができる>の意味である。
数え始め、数えてゆく方向、数え落としがないことことは当然のことながら大事である。さて、要素の数が有限の場合には数える事ができるのは当然であるが、無限に多くの要素を含む集合Sに対しても、要素の数に対応した、集合の大きさ|S|というものを定義したい。どのように定義したらよいのだろうか。カントールは集合の要素の数を自然数の個数と比較することを思いついた。とはいっても自然数自体無限に多く存在する。自然数の個数と無限集合との比較とはどのように実現するのだろうか。


我々が物の個数を数えるということは、要素一つ一つに自然数をあてがうことであった。この操作を写像を使って定義する。集合の各要素に自然数を対応させることが可能な場合は、集合は可算であるといい、特に無限集合の場合は可算無限個であるといわれる。

簡単な例では、偶数の無限集合

Se={2,4,6,8,....,}

は、自然数の集合 N={1,2,3,4,....}との対応は

a → n の対応表
---------------------------
2 → 1
4 → 2
6 → 3

この表で左側の数は集合Seの要素、右は自然数の集合Nである。この表ではSeの要素 aに対して自然数 n =a/2を対応付けている。偶数の集合Seの要素aはn 番目の要素であり、逆にn番目の要素はSeの要素 a=2n に対応する。大事なことはSeの全ての要素に対して、重複することなく番号nが付けられている。よって我々は偶数の集合を「数えた」ことになる。ただし、無限に有る要素を実際に数える事は不可能で、任意の a∈Seに対して「aは何番目にあった?」と訊ねられたときに、それは「n番目の要素です」と返答する準備ができているという意味で、無限集合を数えることなく、数えたかのような振りができるという感じだろうか。このように自然数の集合と対応付けられる無限集合の大きさは可算無限と呼ばれる。
よって偶数の集合は可算無限なのである。偶数と自然数の対応付けを絵にしたのが下の図である。

even-natural-count.gif

無限集合に関しては、要素の数というものは存在しないので、集合の大きさを表す量として「濃度」または「基数」と呼ばれるものを使う。自然数の集合の大きさは無限であるが,これをℵ0(アレフ・ゼロ)の濃度と定義する。そして自然数と対応付けることが出来る集合の濃度もℵ0とする。つまり数えられる無限という意味では、自然数と偶数の集合の要素は同じ濃度なわけである。単純に考えると自然数の集合の方が偶数より大きいように思えるが、濃度という概念でみると自然数と偶数は同じ「大きさ」なのである。

それでは、無限集合はすべてℵ0という大きさなのか?またはアレフ・ゼロを超えた大きさというものが存在するのか。 

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