2017-04

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≪ デルタ関数 その1 ALL 物理の心? その5 ≫

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物理の心? その4

だいぶ前に物理法則を普遍性という立場から見てみようという意図の記事を書いた。反応が無かったところを見ると、当然のような事をつらつらと述べただけであまり面白くないと思われているかもしれない。その後少し熱も冷めたのでほったらかして置いたが、その記事の第4回目を書こうと思う。注意として、力学を勉強したことのある人は以下の記事を楽しく読むために、運動量やエネルギーの保存則はしばらく忘れてほしい。何の知識もない人は特に気にせず読んでください。 前回、引力と斥力についてちょっと触れた。二個の球を平らなテーブルの上に置いた場合、引力や斥力で引き合ったり離れ合おうとしたりするのであった。身近な現象、例えば磁石などでこの力を感じる事ができるので、誰でもすんなりと納得するのであった。そこで次のような力は存在しないのか? という新たな疑問が沸いてきた。
butsukoko06.gif

図をみてほしい、右の球は左の球から斥力を感じ、左の球は右の球に引力を感じてるのだろうか?我々が今まで目にしたことが無いような、第5の力(いや第6の力かもしれない)が働いているのだろうか。経験上このような力は存在しないのだが、見たことがないというだけでは存在しないことの証明にはならない。何事も疑う心が大事である。

さて、ここで少し問題設定を変更しておきたい。この実験は平らなテーブルの上に二個の球を置いた場合に、球に働く力を調べるものであった。しかし、ここで二個の球に働く力として地球の重力からくる効果には興味が無い。「平らなテーブルの上に球を置く」という設定で地球の重力を考えなくても良いだろうと思ったのだが、もっと理想化した状況を考えたほうが分りやすい。そこでこの実験は宇宙で行うとしよう。何もない宇宙空間に二個の球を置いてこれに働く力を調べようというわけだ。こうすることによって、今回の議論では興味がない効果、地球からの重力を考えなくてすむのだ。こういう理想化された実験を思考実験と呼び、物理学者達が良く使う非常に便利なものだ。なんせ、お金を使わずにできる究極の実験なのである。しかしやり過ぎは,オタクと呼ばれる人間を作り出してしまうので注意が必要だ。

思考実験の前に、普遍性という言葉をもう少し具体化しておこう。ここでは普遍性を次の3つが成立する事であるとしよう。

(1) 物理実験は同じ条件で行えば同じ結果を与える(補足)。
(2) 物理実験はどの時刻でも同じ結果を与える。
(3) 物理実験は場所を選ばず同じ結果を与える。

これを普遍性の条件としよう。どれも当然の仮定だと思われるだろうが、物事を明確にしておくことが大事である。(1)が言う事は、物理実験というものは、同じ状況で行わなければならない主張しているわけだ。例えば物体の落下を調べる際に、貴方は実験室で測定し、スーパーマンは飛行中に物体の運動を測定するというのでは実験の状況が同じとは言えない。よってこれらの結果は同じになる保障はない。二番目の条件が主張することは、物理法則は古くなったりしないという事だ。ニュートンが300年前にした実験を今行っても同じ結果が得られるのは普遍性の条件(2)のお陰である。三番目は実験の場所についてコメントである。日本、ブラジル、または宇宙の果て、何処で実験しても同じ結果が得られるということだ。もちろん最初の仮定、実験の状況を同じにすることを忘れてはならない。これら3つの普遍性の条件を信じるからこそ、我々は100年前にニュートンが行った実験を世界中の誰もが今でも再現できるわけだ。

話を戻そう、上図のような運動が実際に起ることはあるのだろうか?ということだった。実はこの運動は、普遍性の条件と合致しないものなのである。つまり普遍性の3条件を認めるなら、このような運動は自然界に存在しないということになる。なぜ上図の運動が普遍性の条件と合致しないのか説明しよう。上図は二つの球を上から見たものだったが、これを下から見たらどうなるであろうか? この事が分りやすいように、先程の図に"Up"という文字を入れた図を用意した。この文字は分りやすいようにつけた印であって、実験をしている人にはこの文字は見えない。
butsukoko08.gif

この運動を平面の裏側にいる人が見ると次の図のように見える。裏から見た人の立場では"Up"の文字は鏡に映した反転文字のようになる。くどいようだが裏から見ている人にもこの文字は見えない、私が仮想的につけた印なのだ。そうでなければ実験の状況が同じだという条件が成立しないことになってしまう。
butsukoko09.gif

二個の球の動く方向に着目すると、表から見たものとは異なる運動のように見える。今度は左の球が斥力を感じ、右の球は引力を感じているようだ。しかし考えてほしい、そもそもこの運動を調べるときに裏、表の区別はなかったのである。たまたま私が上から見た図から議論を始めたために最初の図が表で下か見た図を裏と言っただけなのだ。つまり2個の球をそっと置いた瞬間、上から見た人と下からみた人は同じ状況で実験をスタートさせたわけだ。それなのに違う運動を見てしまう。これは先程の同じ条件の下では同じ結果が得られるという不変性の条件(1)に反する。

今の説明ではちょっと分らないという人は次の状況を考えてほしい。
ある日のこと、貴方は何もない宇宙空間でこの実験を行う。二個の球を置いてどうなるか実験するわけだ。そして貴方は最初の図にある運動を観測し、次のような法則を発見する:
「二個の球がある場合、右の球は斥力、左の球は引力を感じるように動く!」
貴方は発見した物理法則を世に公表し一躍有名になるかもしれない。ある日、あなたの友人がやって来て言う、
「同じ実験をしたが、結果は逆だった。右は引力、左は斥力を感じるのだ。」
貴方は友人に教えてやる「その実験をちゃんと表の方から見ないとだめよ。」と、友人は裏からこの現象をみていたのだ!しかし彼はいう「それでは、どうやれば表だと分るのですか?」貴方は困ってしまう。そういえばなぜ最初の図が表から見た運動だと結論づけたのだろうか?"Up"や"qU"なんて文字が見えたなら表とか裏とか言うことにも意味があるのだが、そんな目印はないのだ。貴方は答えにつまってしまう。

何もない宇宙空間では表も裏もない。つまり実験の状況が同じなら表とか裏とかいうことに意味はないのだ。二個の球の実験で実際にこういう結果がでたとしたら、宇宙には表裏の区別が存在するのだということになる。それは同じ状況で実験すれば同じ結果が得られるという主張に反するのだ。よって普遍性の条件に合致しない。普遍性を信じるならば(つまり表裏を知る絶対主の存在を否定する事と等価)、このような力は自然界に存在してはならないのだ。

最後に子供むけの説明だが、本質を突いていると思われる説明を書いておこう。二個の球はお喋りができる球だとしよう。そしてこの球はまったく同じ性質をもった双子の球である。宇宙空間におかれた双子は相談をはじめる。
右球:「どうしようか、暇だからどっかに動こうよ。」
左球:「そうだね、賛成。」
右球:「それじゃ、君は僕の方に近づいてきて、僕は君から逃げるよ。」
左球:「は? 何言ってんの!そんなの不公平だよ、僕はいやだ。」

つまり双子は理由もなく、一方が特別な役割を演じるのを嫌ったわけわけだ。そこで右球は更に提案をする。

右球:「そうだな、さっきの提案は不公平だったな。それじゃ、君は僕の方へ向かって右に動けよ。僕も君に向かって右に動くからさ。二人で渦みたいにぐるぐる回って楽しいだろう!? これなら公平だ。」

なんと、右球は向かい合いの状況で二人そろって右に動く、二人で円を描くように回転運動をしようと言い出したのでした。 そこで左球が返答する。

左球:「いいけどさ、右ってどこだよ。僕らは頭も足もない、単なる球だよ。右の方向ってどこだよ。上も下も分らないしさ....つまり君の言う方向が良くわかんないよ。」

なんと、またもよ右球の提案は実現されないのでした。右球は悲しくなってきました。何を言っても実現されない無力感を感じ始めました。それを見ていた左球が言いました。

左球:「それならさ、君のいる方向へ僕は動くからさ、君は僕の方向へ動けよ。公平だし方向もわかるだろ?」

かくして二つの球は動き、互いの中間地点で手を取り合うのでした。これが二つの球に働く引力です。


さて、今日も眠くてあまり文章を校正せずにアップするので後で大幅に訂正するかもしれない。

(補足1)大学の物理学を受講した人なら、この文章を「物理法則はどの慣性系でも同じように成立する」と言った方が分りやすく、また正確である。

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