2017-03

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≪ エビとシソのパスタ ALL 不思議の国のトムキンス ≫

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32世紀テクノロジー

今回は光の速さと特殊相対性理論についてだ。光は量子力学でも重要であり、特殊相対性理論においては理論を組み立てる際の足がかりでもあった。ここでは素朴な疑問「光の速さは走っている電車からみても、地上に静止した人がみても一定である。これはなぜか?」を取り上げたい。今回は科学的にはいい加減な事もどんどん書こうと思う。精密さを犠牲にして、まるで見て来たかのように書きたいと思う。一寸した嘘も入るかもしれない、目を瞑って欲しい。 実はこの質問に対する答えは「自然がそうなっているから」 という以外にない。がっかりしただろが、特殊相対性理論を勉強してもこれ以上の理解は得られない。それどころか特殊相対性理論はこの光の性質を理論の出発点にしているのである。

しかしこの疑問に対して、単に「自然がそうなっているから」と言うだけでは釈然としないだろう。この光の性質は我々の素朴な自然観とかけ離れている。日常経験では、走る車を追っかける人からみると、車の速さは遅くなる。それなのに、光は追っかけてもそのスピードを変えないというわけだ。光の速さに関して我々が「不思議だ!」と感じるのは、我々の偏見のためである。日常経験から作られた自然観は偏見に満ち溢れており、我々が非日常を受け入れるのには時間がかかるのだ。ここで言う偏見とは

(1)「時間は絶対的なものである」という偏見
(2)「距離は絶対的なものである」という偏見

の二つである。繰り返す、これらは私達の限られた日常経験が生み出した偏見であり間違いである。

光の速さは、それを追っかける人にとっても、地上で静止した人にとっても同じc=299 792 458 m/s なのだ。これは以前実験的事実であったが、今や定義となってしまった。つまり我々は光の速さをc=299 792 458 m/s として、時間や距離の長さを決めているのだ。1秒はセシウム原子時計をもって決められている。よって光がセシウム原子時計で1秒経った時に進んだ距離が299 792 458mである。

さて偏見のない本当の世界はどうなっているのか説明しよう。32世紀、テクノロジーは非常に進化し、我々は顕微鏡眼の開発に成功した。人間はミクロの世界まで見える顕微鏡眼を埋め込み、それは脳に信号を送ってくる。これによって我々は物体を構成する原子核や電子が見える。これは非常に便利であり、我々の生活を変えた一大発明である。

ストップウォッチなる古代の器は必要ない。原子核の周りを回る電子の振動回数をかぞえて時間を測れば良い。長さは原子を周る電子の軌道半径を基準にして測ればよい、つまり原子の大きさが基準である。物差しも今となっては博物館にしかおいてない。時間と長さの基準となる標準原子が国際単位決定委員会によって設定され、全ては標準原子をもとに定義されている。標準原子を見るための顕微鏡眼が人体に移植されて以来、我々は時計も物差しも必要としなくなった。

街角では主婦が

「あの人の鼻は高いわね、まるで標準原子が10億個並んだほどだわ」
「そんな? 冗談でしょ~!?」
「ちょっと大げさすぎたわね、実際は1億と2000万個並んだくらいだったわね」

などと会話をしている。今では誰もが標準原子単位を使って会話を楽しむ。
先日はトイレを待つ女性の長蛇から

「遅いわー、もう電子が標準原子核の周りを90億回も周ったわ、これ以上待たされると我慢できないわ!」

などと騒動が起こったとワイドショーで紹介されていた。


我々の生活で最も大きく変わったのは、これらの単位を使った会話ではない。誰もが原子が並んだ個数や電子の原子核を周った回数を正確に数えることができるようになったことだ。顕微鏡眼と脳内に埋め込んだインテルのPetium120のおかげだ。今や目に見えるように原子一個の大きさ(古来の単位系では10-10mと記す)が正確に測れるのだ、いや実際目に見えるのだ。

そんなわけで人々は走る車の原子をみて、電子の周回が遅くなるのが見える。ドライバーの体を作る原子も同じように回る速さは遅くなる。これらのことは20世紀の先人達でも知っていたことだ。今でも博物館に行けば、「特殊相対性理論」と題名されたアナログデーターが残っている。今では日常生活で、「走る人の時間が遅れる」を目にする。それは小さい効果だが、目に見えるということは非常に大きなことである。もちろん原子核を回る電子だけではなく、心臓の鼓動も、血の流れも全て遅いのである。だが走っている本人は思考さえも遅くなるため、それらのことを認識できないのだ。つまり、走る人にとっては全ての自然現象がユックリと進むのだからこれは時間の遅れだ。だが走っている人にとっては全ての事がゆっくりだから、彼が長生きしたと言うべきか疑問だ。彼のやる事なすことユックリなのだから、限られた人生でやれる事は同じなのだ。


また全ての原子が縮む効果(ローレンツ収縮)も見えるようになった。相変わらず自動車のスピードは10世紀前と大して変わらないが、10億個の原子を並べて走ると、それが通常の標準原子の9億と9999万個の長さしかないことが見える。差はわずか標準原子1万個程度だが、顕微鏡眼はそれをはっきり目にする。しかしそんな事を走る人自身が認識しようと思っても無駄なのだ。彼にとって長さの基準となる標準原子が縮んでいるのだから。

そんなわけで、人々は特殊相対性理論は当たり前であり、それは日常の経験則なのだ。経験則なので、それを学校の授業で習うことはない。わずかに小学校の歴史のテキストで古典一般相対性理論というキーワードが出てくるくらいである。小学校の物理の授業では量子一般相対性理論の簡単な導入があるくらいだ。小学校に通う息子の教科書をめくってみるとホーキング輻射が紹介されていた。「こんな古臭い理論未だに教科書に載っているよ」と嘆いてしまう。

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軌道_(力学)軌道(きどう、orbit)とは力学において、ある物体が重力などの向心力の影響を受けて他の物体の周囲を運動する経路を指す。歴史物体の軌道はヨハネス・ケプラーによって最初に数学的に解析された。ケプラーはこの研究成果を有名な惑星運動の法則(ケプラーの法則

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